野間郡四国八十八ヶ所は天保二年 ( 1982 ) に開かれておりこの事は歴史的に
意義深いもので享保、天明、天保と三大飢饉が続き 人々は飢えと不安におののき、
農民の爆発である百姓一揆もこの時期に圧倒的に多いそうです。
多くの弱い農民は神仏に頼る他はなく、御大師様におすがりし お助けを頂いて
生き延び様とした農民の願の結集が野間郡八十八ヶ所を成立させたのであろうと
言われているそうです。
地図と写真をを頼りに札所巡り、引っ込み思案で話下手の Nobubachan 勇気をふるって
( ちょっと大袈裟かも ) 尋ね歩き ( 皆さん とっても親切に対応してくださいました)
大勢の方のお世話になりました。
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